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  • 執筆者の写真秀平 武澤

回想録〜チェロとの出会い〜

先日のサマーコンサートの終演後、いつからチェロやってるんですか?とご年配の女性から質問をされた。

このような質問はよく受ける。

そういえばプロフィールにはそのような経緯は書いてないので、書き残しておこうかと。


私には2つ上の兄(作曲家)と5つ下の妹(画家)がいる。

兄が幼稚園から小学生に上がった時に、近所のピアノ教室をに通い始めた。

私はそれが羨ましく、私も小学生に上がった時に通わせてもらった。

それが音楽学習のきっかけだ。

私の両親はもともと音楽が好きで、家には沢山のCDがあったので幼少期からそれを聴いて音楽に触れ合ってきていた。


そして、父が鈴木メソッドの創始者である鈴木鎮一氏の教育方法に興味があったそうで、妹にヴァイオリンをやらせたかったのだと最近知った。

というのも私の認識ではテレビに映っていた諏訪内晶子さんの演奏を見て「やりたい」と言って始めたのかと思っていたのだが、それだけではなかったということ。

(因みにその頃の近所のお友達が諏訪内晶子さんの親戚だった)


妹が幼稚園の時に妹のヴァイオリン通いが始まったことで、兄もヴァイオリンを始めた。

鈴木メソッドの柏教室。教室に行くと松脂の匂いや、楽器の匂いが新鮮だった。

私はその教室の先生の演奏会が日暮里サニーホールで開催されたので、連れて行ってもらった。

そこでチェコ人のチェリスト、ヴァーツラフ・アダーミラ先生による、ベートーヴェンの大公トリオ、その一音目で私ののハートが射抜かれた。


私は両親に「チェロをやりたい」と頼み、最初は躊躇というか悩んでいたようだが、結果協力的になってくれてチェロを始めることになった。

両親には感謝しかない。

この時のきっかけがなければ今の自分はいないと思うと不思議なものだ。

自分からやりたいと言ったので「いつでもやめて良いぞ」と母からは言われ続けていたので、逆に頑張れたのかもしれない…やめてたまるかと。

そして鈴木メソッド北柏教室に通い、藍川政隆先生にチェロを習い始めた。

これがチェロとの出会いだ。

初めて間も無くメソッドの合同発表会に出るために厚木市の方へ遥々行ったのを鮮明に覚えている。

家族皆で河口湖の合宿に行ったのも思い出だ。

教室でチェロを初めて1年くらいだっただろうか、プロを目指したいと藍川先生に相談した時に、想像もしないことを言われてしまった。

それは「メソッドではプロになれない」

このあと新たな先生探しへ、母が走り回ってくれた。

続く…


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